【曲視聴可】「希望」震災を受けて作った歌

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311の大震災が起こった時、停電ですぐにテレビが見れなくなり、
パソコンも立ち上がらず、全く情報が分からなくなってしまった。
震度がかなり大きいことは分かったが、どこで起こったのかも分からない。
あの日は寒かったし、部屋の中はすぐに冷えてくる。

夕方過ぎ、停電で仕事にならず母が帰ってきて、どうやら物凄い被害であることを知る。
夜には携帯ラジオを父が買ってきて、3人で身を寄せ合って聞いていた。
ガスは使えたから、なんとか温かいものを食べることが出来た。
ロウソクで火を灯し、お湯をペットボトルに入れて抱いていた。

次の日の朝になっても停電が収まらず、寒かったので布団にくるまっていた。
確か新聞が来て、物凄い状況を食い入るように見ていたような気がする。
夕方、電気が復旧して、テレビを見た時に愕然とした。
直視できない映像が延々と流れていた。

3日目辺りで全身に蕁麻疹が出始める。体中が痒くてたまらない。
何も出来ないし、直視できなかったからしばらく情報をシャットアウトしていた。

色々考えた。
どうしてこんなにもたくさんの人が亡くならねばなかったのか。
分かるのは、どんなにたくさんの人が亡くなっても、
自然はあるがままそこに在り続けていることだ。

自然は無情だ。
でも美しい。
平時の時は、その美しさに幾度となく助けられ教えられる。
でもその美しさこそが残酷だった。

「希望」は、震災から3週間程経って作った曲だ。
被災者の方を慰めるための、元気づけるための曲ではなく、
その時思い感じたことを、自分のために書いた曲だと思う。

震災から3ヶ月ほど経ってから被災地には何度か足を運んだ。
誘って頂いた方には大変感謝している。

大事な人を亡くした人。
家まで津波が押し寄せた人、押し寄せていない人。
悲しみ、確執、怒り、亡失、計り知れない思い。
無力感をただただ噛みしめながら歌う。

歌には全てを解決する力はない。
魔法じゃないから、震災を受けた前に戻すことなんて出来ない。
亡くなった人も生き返らない。
それでも慰めにはなるかもしれない。

そしてある意味、被災者の方じゃなく、
自分のために歌った所もあるのだと思う。
「微力でも誰かのために歌を歌えている」という思いの充足のために。
だけどそれは否定することでも、されることでもないと思う。

あの大地震で実際の被災者の方々もそうだが、
被災地域ではない日本のあらゆる人が、
そしてある意味では世界中の多くの方々が大きなショックを受けたし、
そのショックは大きい括りの中では被災と言ってもいいと思う。

震災後、多くのボランティアの方々が訪れ、
そして今なお復興に携わっている方々がいる。
それらに携わりながら、多くの方々が心の復興の最中にもいるのだと思う。

今現在は直接的なことは出来ていないが、
震災後作った「ちんあなごのうた いまこそひとつにver.」のように、
少しでも笑いや笑顔を届け、心安らぐ歌を作り届けられるよう、
被災者の方へ、そして自分のために活動していきたい。

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希望
作詞作曲:渡部絢也

悲しさから目を背けることを
優しさを払いのけて気付く痛みを
せめて今愛する君の心の枷を解いてしまいたい

瓦礫の中息潜め孤独を
暗闇に揺れる光と影を
思い出すあなたのぬくもりを
それでも微かに灯す希望
「現実」とかけ離れた現実に
残酷で美しい世界はきっと
この世に何を望むでもなく
それでも密かに灯す希望

君の心の奥には誰が
その誰かのために為す何かを
その何かを為すためには何処へ
その何処かへ行くためには全てを

賭けても

正しいことをしなくちゃね
信じ続けていこうよね
大きな声で叫んでね
そしたら何かが変わる気がするよ

海は凪ぎ繰り返す波間に
雲間から覗く星の光
撫でる風の遙か彼方に
確かに見つけ出した希望
人間の善悪を超えた所で
少しずつ流れ移ろい いつか
例え鼓動が止む日が来ても
それでも輝き続ける希望

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