ミュージカル楽曲制作秘話 「青春するべ!」編
私が音楽監督として引き受けた、2022年12月-2023年3月に公演の劇団わらび座「青春するべ!~由利高校民謡部ストーリー~」のオープニング楽曲の解説をします。(2024年度の全国ツアーが決まりました!)
楽曲に使った音源やミックス、作曲上の工夫、制作裏話などをご紹介します。
楽器構成
本オープニング楽曲の楽器構成は、非常にシンプル。
- ピアノ
- ドラム
- 弦:1stバイオリン・2ndバイオリン・ビオラ・チェロ
歌以外は、楽器は6つですね。
音源紹介&ミックス備忘録
ピアノ:Ravenscroft 275
ピアノは、Ravenscroft275という実機3000万円もするピアノを音源化したもの。
空気感を含むサウンドが非常に美しいピアノ音源です。
ポップスに傾きすぎていないけど、クラシックに傾きすぎてもいない。本当に絶妙なサウンドなんです。
この楽曲はオープニングの現代・過去とを繋ぐ少し幻想的な印象を感じて欲しい楽曲でした。
そのため、ピアノのミックスについては、多少奥まった丸っこい音に調整することにしました。
FX(エフェクト)で挿しているのは3種類。
- Gullfoss:オートEQでスッキリ。
- Pro-C2:コンプレッサー。トランジェントを叩く。
- Pulsar Massive:EQでトーン調整。
コンプレッサーのPro-C2は、アタック最速でルックアヘッドも入れてます。
音の立ち上がりから圧縮することで、音が少し引っ込む感じになりました。
その代わり、DRY音を多少混ぜることで、輪郭も少しはっきりさせている。コンプありなしで聴き比べると、違いが分かります。
②の方が、まろやかに聞こえますよね。
試しにSmart:comp2を使ったら、AIにアタック110msくらいを提案されました。そうするとかなりトランジェントが強調されて、くっきりはっきりの方向になるんですよね。
音を前に出したい場合はこれでも良いのですが、今回は奥まらせたかったという例でした。
コンプの他に、トランジェントシェイパー(例えば、M-Puncher)でアタックを削る方法も良いかもしれませんね。
ドラム:SDX Hitmaker
ドラムはSuperior Drummer3の拡張SDX「Hitmaker」です。
音はDefault状態から、ドラムセットを選んで、自分でプリセットを組んでます。
美しいリバーブが欲しかったので、ルームリバーブとプレートリバーブ、2種類かけ合わせて使いました。
プレートリバーブは特に、テープシミュ・コーラスなどを使って質感を整えているのと、サイドチェインコンプで、リバーブがスネアに覆いかぶさらないようにしています。
めちゃくちゃ美しくないですか!?
サイドチェインコンプはリリースの設定が肝だと思いますが、数字で覚えるというより、聴きながら美しく聞こえるようにノブを回していくのが良いのかな。と。
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弦:Cremona Quartet
Native InstrumentsのCremona Quartetです。
KOMPLETE 14 COLLECTOR’S EDITIONに含まれるソロ弦音源です。
物凄く説得力のあるサウンドで、ソロ弦は現在、主にCremona Quartetを使っています。
ミックス上の工夫
リバーブ
Liquid Sonics Cinematic Rooms Pro
ピアノに使っているのは、Liquid Sonics Cinematic Rooms Pro。
「リバーブを付けてます!」という、わざとらしさを感じない素晴らしいリバーブ。
Duckerを使うことで、入力信号が大きい時に、リバーブの音を下げることができ、これもまた素晴らしい設計です。
Pro-R
ストリングスに使ったのは、Fabfilter Pro-Rです。
Pro-Rは、Cinematic Roomsに比べると、粗さのあるサウンドです。
だからこそ、弦にふくよかさ・ふんわり感を演出にするのに気に入っています。
プリセットをほぼそのまま使えるプラグインなので、とても楽。
Eventide Blackhole
冒頭、役者の碓井涼子さん(@yAGtiKUMq5fZlyY)の民謡っぽい歌声をRECした素材が入っています。
元々、涼子さんの声はまっすぐで美しいのですが、より幻想的な雰囲気を増すために、Eventide Blackholeを使っています。
Shimmerリバーブともまたちょっと違う、物凄く美しいサウンドが出せるリバーブプラグインです。
作曲・編曲上の工夫
トラック全体
私がミュージカルを担当するのは、「青春するべ!」で3作目です。
ポップス畑からミュージカルをやって驚いたのは、テンポを曲中でガンガン変える必要があるということ。
ポップスで、テンポをこんなにぐりぐり書くことって、あまりないですよね?
これはミュージカルの楽曲が、演技の中で歌を歌う劇中歌であることが大きな理由です。
- あえてテンポをもたつかせて、期待をあおる。
- 歌の中で歌う登場人物や感情に合わせて、テンポを早くしたり遅くしたりする。
など、脚本の内容に合わせて、テンポを変化させて楽曲を作ります。
ただ観劇している分には、全然気にならない所かと思いますが、作編曲家のこだわりが出る部分ですね。演出家からご指示があることもあります。
メロディー
サビの最後のロングトーンがポイントです。B♭add9の時のC(ド)です。
最初は、A(ラ)で提案していたのですが、演出の栗城宏さんから「上げてくれ」というオーダーがありました。
そこで、コードB♭に対してC(ド)のロングトーン、つまりB♭から考えるとM9(長9度)の音で、後に続くような印象を与える音となりました。
その前のGm7にのるA(ラ)もM9ですから、繰り返しになるのも良いですね。
M9は、幻想的な印象を受ける音程ですが、まさにピッタリにはまっていますね。後に続く「アオハル……」という台詞が待ち遠しくなるような、良い余韻を生む効果が生まれました。
一発でこれを提案できなかったのが、物凄く悔しい!!
コード進行
Key=Fです。
コード進行的には、複雑なことをしているわけではありませんが、工夫を上げるとすれば、最低音でしょうか。
2小節目のFから、G→A→B♭→Cと最低音が上行している流れになっており、徐々に感情のボルテージが高まっていくような印象になっています。
最後がドミナントのCで終わっているので、「トニックに解決させて~!」と、後を引くような印象になっているのも面白い所。
作品にまつわること
作品紹介
今回の「青春するべ!」という作品は、秋田県由利本荘市に実在する由利高校民謡部を題材にしたフィクションの舞台です。
わらび座ミュージカル「青春するべ~由利高校民謡部ストーリー~」
*2022/12/3~2023/3/26まで
詳細WEBページ:https://www.warabi.jp/aoharu2022/
●キャスト
さくら / 佐々木 亜美
あやめ・キジ / 碓井 涼子
けやき・他 / 深谷 雅之
ぶっち・他 / 三浦 叶子
本楽曲の役者さん紹介
歌って下さっているのが、今年度で劇団わらび座5年目の佐々木亜美(@aaamirin_nc)さんです。
私が亜美さんの歌を初めて聞いたのが「Run!与次郎」という作品で、その時の印象は一言。「歌うまっ!!」でした。本人にもその時伝えました。(何を上から目線に……。)
数年後、こうして歌って頂けているのが、非常に光栄。
物語となっている由利高校民謡部のOGでもあり、民謡もほれぼれ聞かせてくれます。
ぜひ生で歌唱力をご体感下さい!
振付師紹介
このビデオ、主に亜美さんを映したものとなっていますが、他の3人の表情や振付も、とっても良いのです。
青春時代に一瞬で引き込まれていく振りを付けられたのが、三森渚さん(@mimooo_n)。
今回、初めてご一緒させて頂きました。(てか、私が3作品目なので、ほとんどの方が初めてなのだけど。)
コンテンポラリーな雰囲気を随所に取り入れて、ドキッとするような印象の振付に、胸が締め付けられました。
そして、現場がぱぁ~っと明るくなるような人柄に、現場での振る舞い方を教わったような気がします。(私は、わりと顔をしかめながら集中して見てしまうタイプなので。もっと明るく元気よく行くどー!)
*追記
三森さんの振りを始めて見たのは、「あきたいぬになりたくて」というわらび座小劇場の公演です。その時物凄く心に残っていたのが、俳優の鈴木潤子さんのソロダンスのシーンだったんですね。
今回この舞台で、鈴木潤子さんが脚本を書き、三森さんが振付ということで、お話を伺った時は小踊りしましたよね。
制作秘話まとめ
音楽監督としての仕事は、楽曲を作ることはもちろん、役者さんに「こう歌って欲しい」と伝えることも仕事の一つです。
現場(会場)でどう聞こえるかということを音響のスタッフと一緒に詰めていくことも、とても大切なお仕事。だから、ヘッドホン・モニタースピーカーできちんと聞こえるミックステクニックはもちろん必要ですが、PA的な視点も必要なのが、とても面白いところです。
今までステージで歌ってきた経験を活かせるのも嬉しい。
大変なこともたくさんありますが、逆に言うとやりがいしかないお仕事!
「青春するべ!」ぜひ会場でお楽しみ下さい!